第3話 白衣を脱いだ天使たち 

 

「ただいま」
「お帰りなさい、お疲れ様でした」
木野と清水が事務所に戻ると、チケットを買いに行っていた舟木が先に帰って来ていた。

「おう舟木、チケット買えたか?」
「はい、4枚ゲットしました」
「そうか、よくやった」
「それにしても木野さん、すごい行列でしたよ」
「そうだろ」
「しかもおばちゃんばっかりで、いっしょに並んでるのがメチャクチャ恥ずかしかったですよ。
それにチケット代高くて、立て替えたら財布の中がすっからかんになっちゃいましたよ」
舟木はすこしおどけて木野にチケットを渡した。

「ハハ、ご苦労さん。まあ、愛しき婦長殿に喜んでもらうためだ、なあ」
「そうですね、婦長といえば看護婦連中のボスですからね。
これで喜んでもらえれば、きっと良いことがありますよね」
「もちろんだよ。ああ見えて婦長は結構義理堅いからな」
木野を普段から慕っている舟木には、木野の考えがすぐにわかった。

「それじゃ、舟木、もう上がっていいぞ。昨日寝てないのに遅くまで悪かったな」
「はい、ではお先に失礼します」
「あっ、そうだ舟木。夜は何か用事があるのか?」
「いえ、これから帰ってひと眠りしたら、夜は別に何もないですけど」
「そうか、飲みにでも行くか?」
「えっ?いいですね」
「じゃあ、後で電話するよ」
「はい」

この日はその後、霊安室に動きはなかった。
木野は夜10時になると、泊まり勤務の社員に後を任せ、病院を出た。

「お疲れ様です」
「おう」木野は舟木と池袋駅で待ち合わせをしていた。
「どこ行きます?」舟木が聞くと、木野は、
「ちょっと1軒顔を出さなくちゃならないとこがあるんだよ」
「どこですか?」
「ああ、[キッス]って店なんだけど、めぐみちゃんたちが行ってるんだ」
「相崎さんたちがですか?」
「そうだ」
「やったあ!看護婦さんたちと飲めるんですか?」
「まあな……」
「それじゃ早く行きましょうよ」
何も知らない舟木はうれしそうに浮かれていた。

「それにしてもこんな時間からの見に行くなんて、看護婦さんたちも遅くまで仕事が大変ですねえ」
「いや、連中は8時から行ってるんだ」
「ええっ?8時からですか?だってもう10時過ぎですよ。帰っちゃってるんじゃないですか?」
「いや、まだ帰っていない」
「それにしたって、もっと早くから僕たちも行けば良かったじゃないですか」
「……」木野はすこし微笑むだけで何も言わないでいる。
「早く行きましょうよ」舟木が木野の上着を引っ張り、催促した。

歩くこと10分。やっと店に着いた。
舟木は足早に木野より先に店に入っていった。
店内は暗く、長い通路の先に席があるようだが、中は入り口のところからはよく見えない。
しかしやけに派手な音楽だけは響き渡っていた。

「いらっしゃいませ。ああ、これは木野さん、いつもどうも」
店のマネージャーらしき黒服を着た店員が出てきた。


「来てるだろ?」
「はい、4名様でお見えです。かなり盛り上がっていますよ」
「そうか……」
「入って左奥のテーブルです」
「わかった。サンキュー」
木野は両手で耳を抑え、しかめっ面をしている舟木を従えて、教えられたテーブルへと足を運んだ。

「えっ!」
店の中まで来ると舟木が声を上げた。


舟木の目には暗闇の中、何色ものスポットライトが当たりパンツ一丁で踊る、筋肉モリモリの男性外国人ダンサーたちの姿が飛び込んできた。


その外国人ダンサーたちは大音響の音楽に合わせ、踊りながら客のテーブルを練り歩いていた。


”なんだこの店は!”

舟木は目を白黒させ、動けなくなっていた。


木野は何事もないかのように、どんどん進んでいく。
その木野の進む方向の先に、ダンサー3人に囲まれ、ひときわ盛り上がっているテーブルがある。


木野はそのテーブルより少し離れたところで立ち止まり、様子を見ていた。
しばらくして、ダンサーたちはかなりのチップを得たらしく、満面の笑みを浮かべながらテーブルを離れていった。

「木野さん、どうなってるんですか?」木野のところに少し遅れて舟木がやってきた。
木野は聞こえないフリをして、今盛り上がっていたテーブルに歩み寄っていく。

「よう!」
「木野さ~ん!待ってたのよー!」
「わーい、木野さんだあ!」

木野に気付いた、そこに座っている女性たちから歓声が上がった。
そのテーブルは紛れもなく、学徳医科大病院の看護婦4人がいる席だった。

「ねえ座って!」
「ああ、こいつもつれてきたんだ」木野は舟木の腕をグイと引っ張り、4人の前に立たせた。
「あらあ、舟木君も?うれしいわあ」声の主は相崎恵だった。
「舟木さん、あたしの隣に座って!」
いっしょに来ていた伊藤さゆりが舟木の手を引き、自分の横に座らせた。

「舟木、モテモテだな」
木野は恵の隣に座って、舟木に言った。しかし当の舟木はなぜか憮然としていた。

「とりあえず乾杯しましょう」
恵がそう言って、テーブルにあった高級ブランデーのボトルを手に取り、水割りを作り始めた。
「それじゃカンパーイ!」
恵の発声で、みんながグラスを目の高さまで上げて乾杯をした。


舟木は一応グラスを上げたが、まだ憮然としている。
そして、ブランデーの水割りを一気に飲み干してしまった。


「わー舟木さん強いんですね。それじゃもっと濃くしますね」
舟木の態度を全く気にする素振りもなく、さゆりが舟木のグラスを取り、お代わりを作り始めた。

「それじゃ木野さん、私たちは明日が早いので、これで……」
「ああ、そう、それじゃ気を付けて帰るんだぞ」
「はい、いつもごちそう様です」
恵が木野に挨拶すると、他の3人もめいめいに木野にお礼を言って席を立った。

「じゃあ、舟木さん、また飲みましょうね!」
さゆりは木野に挨拶した後、舟木にそう言ってウィンクをしながら席を離れた。


「……」舟木は返事もせず、頷くだけだった。
そしてさゆりが作ってくれた水割りを口にし、彼女たちの後ろ姿を目で追っていた。

「ふう、相変わらずすげえパワーだな」木野はポツリと言って、水割りを飲み始めた。
「木野さん、一体どういうことですか?」
舟木の問いに木野が答える。
「どうって、見てのとおりだよ。連中は別に俺たちと飲みたいわけじゃないんだ。
俺が誘われたのは『支払いよろしく』ってことだよ」
「はあ?なんですかそれ?」舟木は納得いかないといった顔で水割りをまた飲み干した。

「だからな、恵ちゃんが8時に行くって言っていたから、帰る頃を見計らって来たんだ」
「そういうことだったんですか」

舟木は木野と自分の分の水割りを作りながら、少し理解したようだった。
「しかし、白衣の天使と言われている彼女たちが、これですかねえ」

舟木がずっと憮然としていたのは、彼女たちのあまりにも節操のない姿が許せなかったためだった。


「舟木、病院と良好な関係を保っていくのは大変なことなんだよ。
とにかく彼女たちにはどんなことがあっても、俺たちの味方になってもらわないと困る。
そのことを忘れるなよ。使った金は死に金にしてはならないんだ」

「確かに彼女たちに助けられたことは何度もありましたけど……」
「そうなんだよ」
「すいません、木野さんの気持ちもわからずに、さっきは変な態度を撮ってしまって……」
「まあ気にすんな。よし、俺たちもここを出て、他でも飲み直すか。そろそろ行かねえとまたショータイムが始まって、騒がしくなるからな」


「はい」


二人は[キッス]を出ると、池袋の繁華街に消えていった。


>>第4話 心付けの意味するものへ続く


 

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